キャンプを始めた理由と、始まりの場所でのキャンプ

6年前に他界した僕の父親は、仕事は(言い方は微妙ですが)地味で堅実な地方公務員でしたが、趣味にも全力を注いだ人で、いま思えばなかなかの道楽人でした。スキーやテニスなどの普通のスポーツにもかなり入れ込んでましたが、釣りも好きで、母の生まれ故郷の島に小さな船を買って、自分で操縦して釣りに出かけていました。瀬戸内海で波も静かだったので、よく連れて行ってもらったことを覚えています。携帯がない時代で、無線の免許を夫婦で取って連絡をとりあっていて、僕もついでということで無線の免許を小学5年生でとらされました(笑)

自分に子どもが生まれて、「父親との思い出で何を覚えているだろうか」ということを改めて思い直した時に、やはりキャンプのようなアウトドアで色々と家族のために頑張ってくれていた姿を思い出します。夜、雨が降っている時に起きてテントやタープに溜まった雨を下から押して流したり、朝早起きして一緒に虫を採りに行ったり、星を見たり、ガソリンバーナーのポンピングをして料理をしてくれたり。

ある程度大きくなってからは、テントの設営は僕がメインでやっていた気がしますが、そこは世の常で反抗期になれば行くのを嫌がり、ゲーム機を持ってからはせっかくキャンプに来たのにゲームばっかりしていたりと、申し訳ないことをしたと反省しましたが、時すでに遅し。でも親になった今、やはり父親との思い出、そして家族としての思い出として、素晴らしい時間だったなと思います。そしてそんな時間を与えてくれた親にただただ感謝です。

昨年末に母も亡くし、そんなことを思い出していた時に、姉が住む熊本で地震が起こりました。どこか遠くで起きた出来事ではなく、自分に関係あるものとして、神戸や東北とは違うインパクトがありました。テントやキャンプグッズの有用性(と限界)が盛んにメディアに出て、いざという時に役立つ最低限の知識やツールを持つことと、父親として子どもにしてあげられることという2つを考えた時に、「キャンプをやってみよう」と思い立ちました。

そこからはネットや書籍でとにかく調べまくり、どんどん知識と一度も使われない道具だけがたまっていったのですが、実は一番最初に行くところは決めていました。親が小さい時に連れていってくれていた、実家から車で1時間くらいで着くキャンプ場です。親になってから考えると、この「車で1時間」というのは子どもにトラブルがあった時にもすぐに帰れる距離で、良い距離感だなと思いました。

GWに、僕の姉と弟、その家族総勢9人で行きました。自分たちに子どもが生まれたら、いつかそういうこともあるかなと思っていましたし、父が亡くなった後に母と「いつか行きたいね」と話していましたが、まさか来るのが父も母も亡くなった後だとは予想していませんでした。実際に行ってみると、「おお!ここは覚えてる!」という感覚は残念ながらあまりなく、「こんな感じだったかもなあ」という感じで、それがまた妙にリアリティがありました。

少し悲しい気もしましたが、次は自分たちが子どもたちに思い出を残してあげる番です。頑張ってアスレチック(結構ガチで大人でもできないものがたくさん)もこなしました。そして、夜中に次男が泣いて起きたおかげで家族4人で見ることができた素晴らしい星空が、僕にとっても思い出になりました。

SNOOPYの名言、原文にはない日本語部分もありますが、本当にその通りだなと思います。そしてそれは思ったより悪いことじゃない、とも。

安心って言うのは車の後部座席で眠ることさ。前の席には両親がいて、心配事はなにもない。でもね、ある時、その安心は消え去ってしまうんだ。君が前の席にいかなきゃならなくなるんだよ。そしてもういない両親の代わりに、君が誰かを安心させる側になるんだ。

DSCN8299

DSCN8164

DSCN8160

DSCN8078

IMG_20160503_113622 (1)

IMG_20160503_151509

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA