子育てについて書き記しておくことの意味について

例えば、朝に上半身の服を着替えるのを手伝う時に、前までは自分も一緒に床に座ってやっていたのに、今は子どもの身長も手足も伸びたから自分が立たないとだんだん姿勢が辛くなってきたな、とか。

例えば、洗濯物を干す時に、前までは大人のハンガーなんか大きすぎて子どもの服に入るわけがなく、無理やり入れて干して首元が伸びてたりしてたけど、今はむしろ子どもの服が大きくなってきたので子供用のハンガーだと小さくて服が落ちてしまうようになったりして、そういうことから子どもの成長を実感したり、とか。

そういう、嬉しいような、寂しいような、くすぐったいような、あたたかいような気持ちは、たとえば仕事で出したわかりやすい成果とかと違って、言葉にして、形にして、残しておかないと、自分の中からふっと消えてしまうような、淡いものだなと、最近特に思います。

残しておかないと、日々の生活に流されて、自分の中にそういう気持ちがあったことすら忘れてしまうようなこと。でもとても大切なこと。

特に男性が子育てについて大げさに書くと、「ちょっとやったくらいで大げさに自慢して」みたいな反発がたまにあるのをみますが(笑)、たぶんそれは誰かに自慢したくて書いてるのではなく、自分が忘れないためにも書いてるんじゃないかなと思います。

そしてそういうことがいつか、その人や子どもが人生において困難にぶつかった時に、救いになるんじゃないかなと。どれほど難しい状況になったとしても、たしかにあの時すばらしい一瞬を過ごした、素晴らしい気持ちを味わった、ということが救いと力に。

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